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東京高等裁判所 平成5年(ラ)1187号 決定 1994年8月09日

抗告人

ファーストクレジット株式会社

右代表者代表取締役

岸本恭博

右代理人弁護士

海渡雄一

水野英樹

主文

一  原決定主文第2項を取り消す。

二  右部分につき、本件を横浜地方裁判所に差し戻す。

理由

第一  申立て

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

第二  判断

一  一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  関田イソエは、その所有に係る原決定別紙物件目録記載1及び2の土地(以下「本件土地」という。)並びに同土地上にある同目録記載3の建物(以下「抵当建物」という。)につき、平成三年一月二五日、抗告人に対し、債務者を有限会社バンビー(代表取締役関田均)とする原決定別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の根抵当権(物上保証による共同担保権。以下「本件根抵当権」という。)を設定し同日その旨の登記を経由した。

2  関田イソエは、その後同年七月五日に建築確認通知を受けた上、同年八月二〇日に本件土地上に原決定別紙物件目録記載4の建物(以下「本件建物」という。)を新築しその所有権を取得したが、保存登記をしないまま本件建物を古川清に譲渡し、平成五年六月一日に本件建物の表示登記がされ、同月三日古川清が保存登記を経由した。

3  右保存登記経由前の平成五年一月二一日付けの確定日付けのある関田イソエ、有限会社バンビー及びその代表取締役関田均作成名義の念書が抗告人に交付されたが、同念書には、本件建物は関田イソエが建築所有しており、第三者には賃貸しておらず、速やかに追加担保権設定のための書類を抗告人に提出する旨が記載されている。

4  抗告人は、平成五年一〇月一三日、本件根抵当権の実行として、本件建物につき民法三八九条所定の一括競売が適用される旨主張し、本件土地及び抵当建物並びに本件建物について一括競売の申立てをした。

二 そこで、抗告人主張の民法三八九条の適用による一括競売の可否につき判断する。

1 民法三八九条の規定は、土地に抵当権を設定した後に築造された建物には法定地上権が発生しないことを前提とした上で、土地の競売が地上建物と共にしないと実際上困難であること、買受人に対して抵当権設定者らが建物の収去義務を負うことは抵当権設定者にとって不利であるのみならず、国民経済上も不利益であることを考慮し、土地の抵当権者に対して建物をも一括して競売することの権利を付与したものと解することができる(土地の抵当権者が一括競売の申立義務をも負うかどうか、執行裁判所が必ず一括競売すべきかどうかについては、措くこととする。)。

2 ところで、本件建物は本件根抵当権設定者である関田イソエが本件土地に本件根抵当権を設定した後に抵当地である本件土地上に築造したものであるから、民法三八九条の規定によれば一括競売できる場合に該当することが明らかであるが、本件競売の申立時点においては本件建物の所有権が古川清に移転されていたから、このことによって一括競売が許されなくなるか否かが問題である。

民法三八九条の文理上、土地について抵当権が設定された後、その土地上に築造された建物の所有権が競売までの間に第三者に譲渡された場合に一括競売が妨げられる旨の例外は定められていないから、そのように解釈すべき合理的な理由があるかどうかによって決するほかはない。

3 そこで、まず右のような建物の譲受人の立場について検討するに、本件の場合、抗告人主張の一括競売が認められず、本件土地及び抵当建物のみを競売するとすれば、本件建物は本件根抵当権設定後に本件土地上に建築されたものであるから、本件競売によって本件建物のための法定地上権が生じることはなく、本件建物の所有者である古川清は本件土地(のうち本件建物の敷地部分。以下同じ。なお、古川清と関田イソエとの間における本件土地の利用関係は一件記録上全く不明である。)につきいわゆる短期賃借権等買受人に対抗できる権限を有しない限り、直ちに本件建物の収去義務を負うことになる。

そうであれば、一般的に考察して、右のような不安定な地位にあるにすぎない建物譲受人が所有している抵当地上の建物についても、一括競売の対象とした上で建物譲受人を競売事件の当事者として扱い、その土地利用権の内容等をも斟酌した上で適宜の配当金を交付することとしたほうが建物譲受人にとっても有利であり、さらに、次のとおり土地建物を一括競売したほうが売却代金が全体として高額になるとの事情等をも考慮するときは、右の建物譲受人の利益はより一層顕著である(なお、建物譲受人は土地登記簿の記載によって当該建物が土地抵当権者による一括競売の対象となりうるものであることを知ることができる。また、建物譲受人が仮に抵当地上に短期賃借権を有するとしても、土地の短期賃貸借契約満了の際、土地賃借人が土地買受人に対して建物買取請求権を有するものでない。)。

4 次に、担保権者側の立場について検討するに、右の一括競売が否定されるとすれば、競売対象地上には、所有者が任意に収去しない限りいずれ建物収去土地明渡の債務名義を得て、その執行により収去するほかない建物が残存することになるから、買受人にそのような負担を与える競売物件の売却価額は顕著に低廉化され、また、通常人の買受申出を躊躇させるなど買受申出人の範囲を実際上狭め、更に売却自体をも困難化させて、担保権実行による債権の回収を低下させ遅延させることは経験則上明白であり、担保権者にとって著しく不利益になるというべきである。民法三八九条がこのような弊害を除去するため規定されたと考えるべきことは前記のとおりである。

5 加えて、抗告人主張のような個別的事情の存否によって一括競売の可否を決することは相当でないというべきであるが、一括競売の可否が問題となる事例においては抗告人主張のような事情のあることは必ずしも特殊なことではないと考えられることをも考慮すると、民法三八九条の適用を解釈によって制限することは相当でないというべきである。

6 以上によれば、元来一括競売の対象となり得る建物の所有権が第三者に譲渡されたからといって一括競売が許されなくなると解すべき合理的な理由はなく、民法三八九条の文理上も、また、担保権、執行における関係法規、実務の運用上も、右につき一括競売を許さないとすべき合理的な根拠も見当たらないから、土地の抵当権者は、土地の抵当権設定者がその設定後に築造した建物について、当該建物が第三者に譲渡された場合においても、当該建物について一括競売をすることができると解するのが相当である。

このような場合に一括競売しないとすれば、建物譲受人と買受人との法律関係は第三者が自ら建物を築造した場合と同一の法律関係になると解されるが、第三者が自ら建物を建築した場合は元来民法三八九条の規定するところではないのであるから、この場合に一括競売が許されないからといって前記の場合にも一括競売が許されないと解することは相当でないというべきである。

三  原決定は、本件建物を関田イソエが築造したことの判断をすることなく、仮に関田イソエによる本件建物の築造が認められても既に本件建物の所有権が古川清に移転されているというべきである以上、民法三八九条の適用はなく、抗告人の本件建物についての競売申立ては理由がないものとして、その申立てを却下した。

しかし、当裁判所は、一件記録によって本件建物は関田イソエが築造したものと認めるのが相当であり、民法三八九条の適用によって、抗告人は本件建物の一括競売の申立てをすることができるものであって、本件建物の所有権が古川清に移転していることは、何ら右一括競売の申立ての妨げとならないものと解するものである。

よって、抗告人の本件建物についての競売申立てを却下した原決定主文第2項は失当であるから、これを取り消し、右部分につき、その余の競売開始要件につき審査した上、競売開始決定を含めたその後の競売手続を実施させるため、本件を原執行裁判所に差し戻すこととする。

(裁判長裁判官村田長生 裁判官伊藤剛 裁判官髙野伸)

別紙抗告の趣旨

1 横浜地方裁判所平成五年(ケ)第一五二七号不動産競売申立事件について、横浜地方裁判所第三民事部が一九九三年一一月一七日にした決定のうち、第2項「債権者のその余の申立を却下する」旨の決定を取消す。

2 別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の弁済に充てるため、同目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録4記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。

との裁判を求める。

抗告の理由

抗告人は、別紙物件目録4記載の建物(以下、「本件建物」という。)について、民法三八九条に基づいて別紙物件目録1、2記載の土地(以下、「本件土地」という。)との一括競売の申立てをしたが、横浜地方裁判所は同条の要件として「当該建物を抵当権設定者が築造し、かつ所有していることを要する」と解釈し、上記要件は本件申立てにおいて満たされていないとして一括競売の申立てを却下した。

しかしながら上記解釈等は、法文の解釈を誤ったものであり、かつ本件事件への適用も誤ったものであり、原決定は取消しを免れない。以下理由を詳論する。

第一 原決定の法解釈の誤り

一 文言解釈

民法第三八九条は、「抵当権設定の後その設定者が抵当地に建物を築造したるときは抵当権者は土地と共にこれを競売することを得。但し、その優先権は土地の代価についてのみこれを行うことを得。」と定めている。

この文言から読み取ることができる一括競売の要件は、①抵当権設定当時に土地上に建物がなかったこと、②抵当権設定者自身が当該土地上に建物を建築したことである。

判例は、これに加えて競売申立当時に「建物が抵当権設定者の所有に属すること」を要求している。

しかし、原決定は判例の付加した要件が同条項の「規定の文言」によって裏付けられると判示するが、同条項の「規定の文言」は以上の通りであって、このような要件は民法の明文に反するものであり、過重な要件を要求するものである。このことは、本条が設けられた趣旨からも裏付けられる。

民法三八九条の趣旨は、原決定も述べるように「建物のために法定地上権が発生しないことを前提に、抵当権者又は競落人に常に同建物の収去を求めるとすると抵当権者に不測の損害を生じさせることになるとともに、建物存続という社会経済的見地からも損失が生じることにかんがみ」、建物収去の無駄をなくし、社会経済的損失を生じなくてもすむように設けられた規定である。そして、本条は抵当権設定者自身が建物を築造した場合に適用されるものであり、仮にその後建物が第三者に譲渡された場合にも一括競売権を認める考え方に従うことの方が、建物収去の無駄をなくし、社会経済的損失を生じなくてもすむようにとの、本条の立法趣旨にかなうといわなければならない。抵当権設定者が築造後の建物を譲渡したことによって、抵当権者がそれまで有していた一括競売権を失うことも奇妙であるし、更に、建物所有者からみれば、短期賃貸借によって保護されるとしても、土地の競落人に対抗できる期間は短期間であるから、やがてくる建物の収去という事態を考えると一括競売による建物代金の取得の方が有利であるとの考えから短期賃貸借を無視して一括競売を認めて良いと考えられている。

なお、このような見解をとる学説として次のものがあげられる。

遠藤浩ほか「不動産担保」(注解不動産法第三巻)一九九〇年 青林書院三一二頁

高木多喜男「担保物権法」一九八四年 有斐閣 一九七頁

高木多喜男「金融取引と担保」二二〇頁

谷井辰蔵「民法第三八九条に就て」法曹会雑誌六巻八号一七頁以下

清水判例コンメンタール四五八頁

実質的にみても、抵当権が設定されている土地の上に、抵当権設定後に建築された建物を購入するようなこと自体、不動産取引の社会においては、正常な取引とはいえない。このような取引を行うのは、第二第三の債権者であることがほとんどであり、本件の場合もまさにこれに該当し、このような者に対しては、一括競売を認めて、その建物代金を取得させるという保護で、実質的にも十分である。

二 本件事件へのあてはめ

本件建物が本件抵当権設定後に築造されたものであることは、建築確認の通知書から明らかである。本件抵当権設定日は、一九九一年一月二五日である。そして、本件建物の確認通知は、一九九一年七月五日であり、工事着手も七月である。

本件建物は、現在古川清の所有名義となっているが、本件建物を建築したのは別紙物件目録記載の土地の所有者である関田イソエであり、同人が、自己の資金で建築したものである。同建物の建築確認通知書上の建築主も関田イソエになっており、また、固定資産税の家屋公課証明上の所有名義も関田イソエになっている。

同人は、抵当権者に無断で本件建物を建築し、このことが判明したのち、債権者に対して、本件建物を追加担保に供することを本年一月一九日付けの文書(既に提出済みの念書)で約束していた。

このとおり、本件建物が抵当権設定者によって築造されたものであることは明らかである。このことは原決定も認めている。

三 結論

以上の通り、本件一括競売は適法なものであり、本件一括競売の申立を却下した原決定には、民法第三八九条の解釈を誤った違法がある。

第二 現在の判例

仮に判例及び原決定が求める過重要件である「当該建物を抵当権設定者が築造し、かつ所有していること」が必要であるとしても、本件の場合には次の通りこの要件を満たしている。

本件建物は、原決定も認めるように関田イソエが築造したものであるが、古川清名義で本年六月三日付けで、保存登記されるに至った。本件建物は現在も関田イソエが使用しており、古川は使用していない。この登記は古川の関田均らに対する債権の担保として移転されたもので、譲渡担保を目的とするものであって、貸金の返済時には所有名義を回復できる約束となっている(既に提出済みの念書)。依然として本件建物の真の所有者は関田イソエである。従って、本件の場合には、本件建物のために法定地上権が成立しないことは明らかである。

本件の場合、古川清の所有名義は譲渡担保を目的とするものであり(念書に記載がある。)、あくまで、真の所有者は抵当権設定者である関田イソエである。原決定は、抗告人の提出した証拠を十分な吟味・検討もなく「各証拠の証明力は高いものとは言い難い」と断じ、抗告人の譲渡担保であるとの主張を古川への所有権保存登記の事実だけを根拠に排斥した。しかし、抗告人の主張と所有権保存登記の事実は何ら矛盾しない。

一括競売を認めても、建物部分についての代金相当額は、建物についての所有名義人である古川清が取得できるのであり、同人が譲渡担保として建物を取得した経済的目的を損なうことはない。したがって、本件の場合には、建物が抵当設定者の所有に属することを要求する通説、判例の立場にたっても、一括競売が認められるべき事案である。

第三 実質的な利益衡量からも、一括競売を認めるのが相当

一 一括競売が認められない場合の不都合

本件及び本件類似事案において、一括競売が認められないとすると、実際において、買受人はでてこない。なぜなら、買受後古川清を被告として建物収去等の本案訴訟を提起する必要が生じ、買受後長期間に渡って買受物件を利用することができないからである。

買受人がでてこないということになれば、債権者自ら買受人となるほかなく、買受人である債権者が上記負担を負うことになる。本案訴訟を提起しなくとも、交渉において立退き等を求めることができるとの考え方もあろうが、古川が不当に高額な要求をしてくることは明白であり、短期における解決を求めるのであればその要求を飲まざるを得ず、正当な負担のみで立退き等の結果を得るには、訴訟手続きによらざるをえないのであり、実際的な考え方ではない。

一括競売が認められれば、買受人は土地及び建物を取得することができ、上記負担を負うことはないから、買受人がでてこないということはない。

二 一括競売を認めることによる不都合の不存在

問題は、上記不都合を甘受してまで、守らなければならない利益が存するか否かである。

本件においては、ないと言わざるをえない。

既に上申したように、古川清は本件建物を同人の債権を担保するために取得したにすぎない。それは既に提出した念書によって明らかである。

そうであるとすると、一括競売が認められても、本件建物の代金額については、債権者は優先して弁済を受けることができず、建物の代金は所有名義人である古川清に交付されることになるから、同人は自己の債権の返済をその中から受けることができるのである。同人の権利はなんら侵害されることはない。

なお、古川清が債権担保のために本件建物の所有名義を取得したことの疎明は、既に提出済みの念書によって十分であると言わなければならない。そうでなければ、いわゆる脅迫・暴力等によって名義の移転を受けた場合には、恐怖におびえる本来の所有者(本件においては関田イソエ)からの資料提出を期待できず、脅迫等を行って自己の債権確保を行ったものを不当に利するからである。

三 更地に抵当権を設定する場合の抵当権者のとるべき措置を抗告人は果たしていた

本件土地は厳密には更地ではなく「庭」である。債権者は、建物のない土地を抵当物件として取得する場合、本件のような紛争がおきないよう、次のような配慮を行っている。

第一に、抵当権設定時に、現状変更を行わない旨の特約を締結している(「根抵当権設定契約書」第三条、「念書」三項参照)。この特約は抵当権の抵当物件を抵当権設定者が利用できるという特質を否定するものであるが、上記のような負担をなくすためやむをえず行っているものであり、抵当権設定前に抵当権設定者にはよく説明し、理解を得た上で、特約を締結しているものである。もし、このような特約を締結してもなんら意味をなさないというのであれば、更地を更地として評価することはできず、不当な占有者がいることを前提に評価せざるを得ず、そうすれば担保価値が認められることはなく、高い担保価値を有する更地がかえって担保となり得ないという不合理な結果を生む。

第二に、抵当権設定後も、債権者は三か月に一回、抵当物件を見回っている。これは上記約定が履行されているかどうか確認するためである。

第三に、本件において、債権者は関田イソエが本件土地上に建物を建築しているのを発見した際、すでに完成していたためその取り壊しを求めることなく、担保として追加提供するよう求めた。そうしたところ関田イソエは快く交渉に応じてくれたため、工事中止の仮処分や建物の取壊しを求める本案訴訟を提起することなく、交渉を継続していた。そうしたところ、古川清に所有権の登記名義が移転されたのである。

四 自由競争の逸脱

古川清の本件に関する行動は、自由競争を逸脱しており、同人には保護されるべき正当な利益はない。

債権者は、自己の債権確保を計るため、上記の通りなすべきことは全て行ってきた。

他方古川は、債権確保のためになんら対策をとってこなかったのみならず、土地に抵当権が設定され、それが更地として評価されていることを、登記簿及び土地の現状から熟知しているにもかかわらず、そして本件土地上に建物を建築することが特約違反であろうことを推認しており、建物の名義を古川名義にすることが債権者を害するものであり、それゆえに債権者から解決金名目で早期に債権回収を計ることができると計画し、関田イソエを脅迫した上で、本件建物名義を自己に移させたと考えざるをえない。

通常の売買であれば、建築確認申請者となっている関田イソエの名義で保存登記をした上で、所有権の移転登記をするはずである。

五 結論

以上述べてきたように、一括競売する必要があり、しかも一括競売することによる不利益はなんらない。そして、債権者は自己の権利を守るためになすべきことは行い、他方古川は不当に自己の利益を守ろうとしている。

法律上の要件も満たし、その結果も相当であるから、一括競売が認められるべきである。

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